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知らないことが、まだあるんだ・・

今回は、キャンプともララ銀とも、全く関係ない話・・・
なので、興味ない方、どうぞスルーで・・・コメ欄も開けてません・・・

IMG_9168.jpg

先日、大刀洗平和会館に行ったことは、前回書きました・・・これはそのパンフレット・・・
小さな展示館なので、隅々までゆっくり見ることができますが、ここで初めて知ったことがありました・・・

その前に・・・
両親の話や学校の授業などで、太平洋戦争の時に、飛行機による特攻と言うものがあり、
何名もの方が亡くなったのは知っていました・・・

わたしはその後、バスガイドになったので、案内用語の中には、長崎や広島の原爆の用語もあったし、
鹿児島の知覧(ちらん)や、鹿屋(かのや)がコースに入れば、特攻隊の案内用語もありました・・・

でもバス会社の教本の用語だけでは、充分なご案内ができないので、みんな、それなりに勉強したものです・・
特攻隊にも、陸軍と海軍があったことも、ガイドの勉強中に知りました・・・

山口県の大津島の勉強をした時には、人間魚雷回天の事を知り・・・
※人間魚雷回天(魚雷に操縦装置をつけて、兵士が乗り込み敵艦に突入。もちろん脱出はできません。)

震洋という、モーターボートのようなものを使った特攻もあったこと・・・
普通の特攻機より、もっと拙劣な、水上飛行機の特攻もあったこと・・・

バスガイドの勉強をして行くうえで、それまで知らなかったことを、たくさん勉強させてもらいました・・・

そして、永遠のゼロの原作本を読んでいて、初めて、桜花(おうか)の事を知りました・・・
※桜花(攻撃機の機体の下に吊るされたグライダー。なので、自身で推進力はない。大きな爆弾を先につけていた。
敵艦近くで、攻撃機から切り離され、滑空しながら敵艦に突入する目的で作られた。
もちろんこれも、兵士の脱出はできない。)


そして、ここの資料館で、人間機雷「伏龍(ふくりゅう)」の事を知りました
機雷とは、水中で爆発させる爆弾の一種の名前だそうです。

※伏龍(伏龍(ふくりゅう)は、第二次世界大戦末期の大日本帝国海軍による特攻兵器。「人間機雷」とも呼ばれる。
潜水具を着用した兵士が浅い海底に立って待ち構え、棒付き機雷を敵の上陸用舟艇に接触させ爆破するという特攻戦法のことである。)
 ウィキペディアより抜粋

え・・? ↑ 潜水具を着用した兵士が浅い海底に立って待ち構え、
棒付き機雷を敵の上陸用舟艇に接触させ爆破する?


なんだそれは・・・  これが、最初に感じたことでした・・状況が呑み込めませんでしたし、
まだ知らない特攻作戦があったんだと思いました・・・
検索すると、イラストにおこしてあるのがありました・・・

戦争末期、米軍が本土上陸してくるのを想定して・・・
軍艦から上陸のため、小さなボートに乗って海岸に近づくところを、下から棒の先につけた機雷を接触させて爆発させる・・・

伏龍
(画像はお借りしました・・)

これって・・・ホントにこんなことできるんだろうか・・・海の中ですよね?
浅い・・・と言っても、自分の身長+船底が海中に沈んでる部分+アルファの深さはいりますよね?
海上を見渡すことはできなかったのに、ピンポイントで、兵士の真上を、艇が通るって、どのくらいの確率なのか・・・

いくら水中でも、その装備では身動きすらも、なかなか難しいのではないのか・・・

そして、色んな資料を見てみると・・・

本来は、爆撃機に乗って活躍しようと、志願してきた少年飛行兵の方が数が多く、
戦争末期の物資の乏しさで、特攻機自体は数が少なく、全員にいきわたらない・・・

少年飛行兵たちを無駄にしないように・・←!! ← この発想驚きますね・・
飛行兵たちを、他の兵器で特攻させようと、考えられた作戦らしく・・・

ほんとに粗末な潜水服が、大して研究されることもなく、急ピッチで開発されたそう・・・
その潜水服と、酸素ボンベ等装備を着用すると、70キロ近かったとか・・・いくら海の中でも、それで動きが取れたのか・・・
ちなみに履いていたのは、鉛を仕込んだワラジ・・・だそう・・・
先端に機雷を付けた棒は、竹やりだったとか・・・

ちなみに酸素ボンベは、生きて帰るためではありませんよ・・・米軍の小船が近づくのを、生きて待つためです・・・
だって、真上で機雷が爆発すれば・・・・・・・・・・・・・

そしてこれも驚きでしたが・・・
その潜水のための装備に大きな欠陥があり、炭酸ガス中毒で失神して、そのまま亡くなったり、
化学反応でいきなり熱水がヘルメットの中に入り込み、肺をやけどして亡くなったり・・・

訓練中に亡くなってしまう方が、何人も出たそうです・・・

けっきょく、本土決戦はなかったので、実戦でこの特攻作戦が使われることはなかったそうですが・・・

よく、こんなことを考え付くものですね
どういう頭の回路してるんだろう・・・考えた人は、ほぼ特定できてるようですが、ここには書きませんけど・・・
とうぜん、当時の軍のエライさんです・・・階級に「将」がつく人でした・・・

この大刀洗平和記念館の中に、特攻の種類・・みたいなパネルがあり、そこで小さなボンヤリとしか撮れてない写真があって・・・
その小さな写真の下に、人間機雷伏龍・・・と書いてあるだけで、詳細はなかったのですが、
これは?と思って・・・

そこで、伏龍を知り、わたしなりに少し検索してみました・・・
まだ知らないことがあるんだ・・・と思い、そんな作戦があったことに愕然とする思いでした・・・

伏龍の事を書いた本はいくつかあるようですが、
その中の一つを紹介したサイト・・・ 「幻の特攻隊 人間機雷伏龍」
記念館で見たのは、このサイトの冒頭にある写真と同じものであったと思います・・・

中に兵士がいるのか、それとも潜水服と装備だけなのか分かりませんが、
まるで亡霊のようにも見えて・・・

戦後行われた、上官の人たちの対談も少し読んだのですが、
「あの作戦は無謀だった・・戦果は出なかっただろう・・」
「実戦で使うことがなくて、死者が少なくてよかった・・」
みたいな会話があり・・・

・・・・・いやもう・・・・・脱力しましたよ・・・・効果がないなら、訓練もしなくていいでしょ・・・・
けっきょくいつの世も、一番弱い立場の者が、一番先に被害にあうんだなぁと・・・

戦争って、こわいですね・・・こんなことを考えついて、実際にやらせられるという・・・
上層部は狂気となり、国民は、思考力を失うのか、それとも悲し過ぎるあきらめなのか、自分ではどうにもできず、信じるしかなかったのか・・・
それでも国を守るためと心に決めて、伏龍隊員となり、訓練を受けた方々がいらっしゃる・・・・
胸が痛みます。決して忘れません。 今はもう安らかにとお祈りします。















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